日本初(?)有罪率99.9%の刑事裁判で〝二度も〟無罪判決を勝ち取った男のブログ!

過去、二度も刑事裁判の被告人として法廷に立たされるも、自力で反証、反駁をし二度も無罪判決を勝ち取る!そんな私が、あらゆる事を綴る!

三鷹ストーカー事件の遺族の思い😢😢😢



 こんにちは☔☔

 今日は雨で寒くてキツいですが、UNIQLOの超極暖を来て頑張りましょう😄✌


 さて、今日は当初の予定を変更してお話します✒😆

 昨日たまたま帰りの電車で、ネットのニュースアプリをザッピングしていたら、気になる記事を見付けたので紹介したいと思います💡💡

 早速こちらをご覧下さい👀❗


 三鷹ストーカー事件:「懲役22年は軽すぎる」両親が心境 毎日新聞


 東京都三鷹市で2013年に女子高校生(当時18歳)を刺殺したとして、殺人罪などに問われた無職、池永チャールストーマス被告(24)に対する懲役22年の実刑判決が8日までに確定した。

 差し戻し後の東京高裁判決に対して検察、被告側がいずれも上告しなかった。
 判決確定を受け、女子生徒の両親が心境をつづった談話を公表した。(以下は全文。※は毎日新聞による注釈)


 「長かった裁判を終えて」

                    
 平成29年2月8日

                    
  被害者両親

 長かった裁判がようやく終わりました。
 今回の裁判についての私たちの思いは色々あり、いまだ、整理できていませんが、その一端を述べさせていただきます。

 
 <1> 量刑のこと

 
 被告人池永は懲役22年に決まりました。
 この刑では軽すぎるという私たちの考えは今でも変わりません。

 何の落ち度もない娘の命が奪われた犯罪に対して、判決が懲役22年というのは、被害者という立場を離れても、軽すぎるのではないでしょうか。
 裁判員裁判でありながら、司法の判断は普通の人の良識とはかけ離れている、と私たちは感じています。
 この間色々考えましたが、その理由の一つは、量刑分布表の問題があり、もう一つは有期懲役刑の上限が20年である、という点にあると思います。

 裁判員裁判では量刑分布表が裁判員に示され、裁判所、検察官、弁護人の三者がこの量刑分布表をベースにしています。
 分布表は、動機が男女関係、凶器の有無などの検索条件を設定して量刑分布が表になっていると聞いています。
 個別の事実は表からは全く分かりません。
 
 加害者と被害者の関係性は、それぞれの事件で違うにも関わらず、男女関係にあったという一事で、「付き合ったから仕方ない」と被害者に責任の一端を負わせていると思えます。
 付き合ったことで、刑を軽くするのは、加害者を利するだけで全く不公平です。
 量刑分布表に裁判員が大きく影響されていると思います。
 これらの資料に誘導されて判断するというやり方では厳正な裁判とは言えないと思います。

 殺人罪の有期懲役の上限は20年です。
 有期と無期、死刑の間に隔たりがありすぎます。
 最初の1審の裁判所は、本件は、住居侵入罪、銃砲刀剣類所持の罪と併せて有期懲役刑の上限を選択しても懲役22年でした。


 <2> 最初の第1審の判決について検察官が控訴しなかったこと

 
 最初の第1審で検察官は無期懲役を求刑しながら、懲役22年の判決に対して控訴しませんでした。
 控訴しなかったため、差し戻し審1審は殺人罪等について懲役22年を変更することはできなくなりました。
 被害者の立場を十分に代弁し尊重すべき検察に対しては、大変悔しく、残念です。
 それは自分たちの使命を放棄したとしか思えないからです。


 <3> 破棄差し戻しした東京高等裁判所の判決について

 
 驚きと怒りの気持ちが起きました。
 同時に新たに闘いなおすしか方法がないと思い、児童ポルノ画像配信に関して追起訴するしかないと即時に判断しました。(※画像をネット投稿したいわゆる「リベンジポルノ」の行為については、遺族から告訴を受けた検察が児童買春・ポルノ禁止法違反などで追起訴した)


 <4> 被害者参加制度のこと

 
 私たち被害者の意見がどの程度裁判に反映されたのかは、本当のところよく分かりません。 もっとも、弁護人は懲役15年が相当であると主張していましたから、参加しなければもっと軽い処罰に終わったのかもしれません。
 被害者参加したことは無駄ではなかったという気持ちもあります。

 また、差し戻し審の東京高等裁判所が、児童ポルノ画像配信に関する追起訴の経過について、被害者の意向を尊重する判示をされたことは、評価しています。



 と言うことでした😢😢😢

 ここで、改めて三鷹ストーカー事件を振り返ります📝👓


 〈事件の概要〉

 2011年10月頃、関西在住の男が東京在住の女子高生と実名制SNSを通じて知り合い、同年12月から遠距離恋愛というかたちで交際が始まった。
 男は日比混血児(ジャピーノ)の高校卒業後は、フリーターとして当時はトラック運転手をしていたが、南米ハーフの関西有名私大学生と偽って交際していた。

 約1年間交際していたが、女子高生が2012年秋に外国留学するようになった頃から男への別れ話が出た。
 2013年春に女子高生が留学を終えて帰国したが、男は執拗に復縁を求めた。
 女子高生は男からの連絡をしぶしぶ取っていたが、2013年6月からは携帯電話を着信拒否し、連絡を完全に絶つようになった。

 復縁できないと思った男は、2013年夏から女子高生の殺害計画を練りはじめ、当時アルバイト勤務していた運送会社を無断欠勤後に行方をくらまし、同年9月27日に居住していた関西から女子高生が住む東京へ高速バスで上京。
 この時友人に「4、5年ほどアメリカに行く。その前に彼女と話がしたい」と話していた。
 9月28日に武蔵野市吉祥寺の雑貨チェーン店で凶器となるペティナイフ(刃渡り13cm)を購入した。

 男が三鷹市の自宅のそばまで来ていることを知った女子高生は10月4日にストーカー被害を在籍高校の担任教諭らに相談。
 学校側は近くの杉並警察署に電話で問い合わせ、署の担当者は女子高生の自宅を管轄する三鷹警察署に相談するよう指導した。

 10月8日午前に女子高生は両親と三鷹署を訪れて「待ち伏せされている」などと男のストーカー行為について相談。
 三鷹署の警察官はストーカー規制法に基づき、女子高生が把握していた男の携帯電話の電話番号に3回電話をかけたが電話に出ず、連絡するよう留守番電話に入れた。
 女子高生はその後に1人で高校に登校し、授業が終わった後で帰宅した際には両親は仕事等の用事で外出しており、自宅には彼女だけだった。

 男は昼過ぎに被害者宅2階の無施錠の窓から侵入し、1階の女子高生の部屋のクローゼットに隠れて、殺害の機会をうかがっていた。
 クローゼットに隠れながら殺人事件まで友人に無料通信アプリを通じて被害者宅の電話番号とみられる番号を告げる形で室内に誰かいないか確認する電話をかけるよう依頼していたが、その一方で「ふんぎりつかんからストーカーじみたことをしてる」「そのつもりなかったけどなんやかんやで押し入れの中。出たいけど出られへん」「三時間前のおれしね」「あー無事にかえりたいよぅ」「詰みだわ」と殺害に葛藤があるかのような言葉を送信していた。

 16時53分、男は女子高生の部屋で潜んでいたクローゼットから出て、ペティナイフを持って女子高生を襲撃した。
 男は被害者宅の外の道路にまで逃げた女子高生を追廻し、首や腹に11カ所の刺し傷や切り傷をおわせた(致命傷は3カ所あった)。

 16時55分に路上で倒れている女子高生が発見され、110番通報がされた。
 18時30分に男はズボンに血痕があったことから警察官から職務質問され、事件への関与をみとめたため、殺人未遂罪で緊急逮捕された(男は襲撃から逮捕されるまで、友人や母親に携帯電話で殺害を実行したことを告げた)。

 女子高生は帰宅した際に三鷹署の署員と電話で話しており無事帰宅したことを16時51分に伝えていたが、電話を切った直後に事件は起きた。
 逗子ストーカー殺人事件を教訓に対策を強化した改正ストーカー規制法が5日前の10月3日から施行された矢先のストーカー殺人であった。
 2013年10月11日に男の供述から、路上に捨てられた凶器であるペティナイフが発見された。



 と言う極めて凄惨な事件でした😣😣

 ホントこいつは異常ですしアホですね❗

 本事件が誘引となり、リベンジポルノの関連法案が成立しました🔍


 


 亡くなった鈴木沙彩さん(当時18歳)😣😣😣


 こんなにも可愛い子が殺害されてしまうなんて、ホントにホントに可哀想な事件でした😭😭😭

 加えて、こんな可愛い娘との“羽目鶏”まで流されてしまい、正に泣きっ面に蜂とはこの事です😫😫😫

 そして、裁判も珍しい経緯を辿りました❗

 
 東京地裁

 2013年10月29日に男は殺人罪、銃刀法違反、住居侵入罪で起訴された。
 2014年7月22日に東京地裁立川支部で裁判員裁判が行われた。
 裁判員は6人中5人が男性という構成であった。

 検察は被告人が高卒なのに関西有名私大学生と終始偽って交際し、女子高生と同時期に別の女性とも二股交際し、女子高生との約1年間の交際を経て、女子高生から別れ話を持ち出されると、執拗に「裸の画像を流出させる」と脅し始め、復縁が不可能と知った被告人は殺害計画を決意し、犯行に備えてジムに通って体を鍛え、自己を鼓舞するかのような犯行メモを残していたことを提示した。
 また被告人の母親は2013年3月に女子高生から電話で「(男に)手錠をかけられ、レイプされた」と訴えられたことなどを証言した。

 女子高生の父親が被害者参加制度で法廷に出廷し、「(獄中で取材等を受けており)とても自己顕示欲が強くて達成感すら感じている。反省の気持ちも感じられない」「事件当日の午前中に娘から仮に自分が殺された場合について聞かれ『どんな方法を使ってでも敵をとる』と話した」「結婚13年目にできた娘で私たちの希望で光だった。(娘の死で)希望が消え、私たち夫婦の将来も消し飛ばされた」と述べた。

 被告人質問で被告人は事件について「彼女を失った苦痛から逃れるために殺害を考えた」「脅してまで関係を続けるのはおかしいと思い、忘れようとしたが(気持ちが)積もっていった」「(殺害について)心の整理ができておらず混乱しているが、後悔している」「(遺族が)苦しんでいると想像できるが共感はできない。謝罪の気持ちはまだ抱けていない」「(性的な画像や動画の流出・拡散は)彼女と交際したことを大衆にひけらかしたかった。付き合った事実を半永久的に残したかった。かなり話題になると思った」「彼女の尊厳を傷つけたいという気持ちもあった」と話した。

 また、被告人とその母親の証言によって、貧困生活の中で狭い部屋の隣室で母親が交際相手と性行為をするあえぎ声を聞き、母親の交際相手から過酷な虐待を受け、母親が何日も家に帰ってこないことが日常茶飯事で近所のコンビニで消費期限の切れた弁当を無心する生活を送り、母親も交際相手から暴力を振るわれていたことなど、「児童虐待」「ネグレクト」「DV」の三重苦に苦しめられた被告人の成育歴が法廷で語られた。

 2014年7月29日、検察は論告で「逃げる女子高生を追いかけ、路上でまたがり多数回刺しており、極めて悪質。(性的な画像や動画の流出・拡散は)殺害だけでは飽き足らず、女子高生を侮辱し名誉を汚した。犯行は執拗、残忍で大胆。被害者に落ち度はなく経緯に酌量の余地はない」と述べ、被告人に対し無期懲役を求刑した。
 女子高生の母親は「被告は娘の未来、夢、希望、尊厳も全て冒涜した。二度とこのような事件があってはならない。極刑で償うべきだ」と述べた。
 弁護側は最終弁論で「殺意は強固ではなく、幼少期から虐待を受けるなどした生育歴が心理的負担になった」として懲役15年が相当と主張していた。

 2014年8月1日、東京地裁立川支部は「強固な殺意に基づく執拗で残忍な犯行。高い計画性も認められる」「(性的な画像や動画の流出・拡散は)極めて卑劣」「被害者に落ち度はなく、犯行動機はあまりに一方的で身勝手」「成育歴の影響が背景にあるとはいえ、反省を深めていると認められず、被害者や遺族に謝罪の言葉すら述べていない」とした一方で、「若くて更生可能性がある」等として被告人に対し、有期刑の上限である懲役22年を言い渡した。

 女子高生の両親は懲役22年の判決について「失望した。なんでこんなに軽いのか、全く理解できない。(判決は)リベンジポルノの犯罪の本質、被害の大きさを全く理解していない」とのコメントを出した。
 被告人側は、「過酷な成育歴が十分に考慮されていない」として8月4日に控訴した。

 東京地裁 (差し戻し審)

 2015年2月6日、東京高裁は「(公判前整理手続きにおいて、リベンジポルノに関する)主張・立証を行うことの当否、範囲や程度が議論された形跡は見当たらず、裁判官による論点整理や審理の進め方に誤りがある」として、地裁に差し戻す判決を言い渡した。

 2015年8月7日、被告人は児童ポルノ禁止法違反(児童ポルノ公然陳列罪)とわいせつ電磁的記録媒体陳列罪で追起訴された。
 これらの罪状で当初起訴されなかったのは両親が被害者の名誉が傷つくことを懸念したためであったが、東京高裁の判決を受けて画像・動画投稿行為が罪に反映されずに量刑が軽くなる可能性が出てきたために同年7月に刑事告訴をしたことを受けてのことであった。

 東京地裁立川支部は期日間整理手続を開き、追起訴した児童買春・ポルノ禁止法違反等を殺人罪等と併合して審理することを決定した。
 最初の一審では、リベンジポルノについて画像2枚だけを証拠提出されたが、差し戻し審では画像67枚が証拠提出された。
 弁護側は「いったん判決が出た後に検察側が追起訴したことは公訴権の乱用で違法」と主張したが、東京地裁立川支部は「(画像投稿の)性質、内容を踏まえれば、被害者側の意向が当然考慮されてしかるべき」として問題ないとした。

 2016年3月16日、差し戻し審での判決は、被告人が不十分ながら謝罪の言葉を述べたことが考慮されて、リベンジポルノ分を加味した検察の求刑25年に対して差し戻し前と同じ懲役22年の判決を言い渡した。

 東京高裁

 検察、被告側は差し戻し審の判決を不服として共に東京高裁に控訴したが、2017年1月24日 東京高裁は「一審の量刑判断に誤りはない」と述べ一審判決を支持し双方の控訴を棄却した。 被告、検察側双方が上告しなかったため、この判決が2月8日午前0時に懲役22年で確定した。



 と言うように、最初の一審判決を不服として控訴するも、手続き上の不備を理由に東京高裁は審理を差し戻しました↩↩↩

 そして、最初の一審時にはなかった新たな罪状も追起訴されたのにも拘わらず、判決は22年と同じでした😒😒😒

 この差し戻し審の判決を不服として、双方控訴するも棄却され判決は確定しました😒😒😒

 と言うように、とても珍しい経緯を辿り判決が確定しました😅😅


 大変冗長になりましたが、このような経緯を辿りようやく確定した判決に対して、被害者の父親が手記を発表したのです✒✒

 ボクはこの手記を読んで、被害者の父親と全く同感でした😢😢😢

 まず、刑がとても軽すぎます😒😒😒

 これだけ身勝手極まりない事件を起こしておいて、被害者と交際関係にあったからと言って、その点が減刑対象になるのはかなりの違和感を覚えます😡😡😡

 逆に交際関係にあったからこそ、罪を重くするべきではないでしょうか😓😓

 量刑分布表にかなり左右されたと言わざるを得ません💦💦💦


 それから、検察が無期懲役の求刑に対して懲役22年と言う判決に控訴しなかったのも、極めて違和感を覚えずにはいられません😠😠😠
 
 無期懲役から有期懲役になったと言うことは、かなりの激アマ判決だと言うことです💡💡

 ホント近所のスーパーじゃないですが激安です😨😨😨

 無期を求刑して懲役刑になったら、普通はその判決を不服として控訴するんですけどね😵😵😵

 
 無期と有期では、天国と地獄程の開きがあります😳😳😳

 無期懲役は事実上の終身刑なので、一生刑務所から出られませんからある種の“生殺し”状態です😅😅

 これだけ身勝手な事件を起こしておくような人間は、遺族からすれば死刑にしてやりたい思いでしょう😒😒😒

 ボクが遺族なら絶対に死刑にしろと思います😡😡😡

 それが無理ならば、せめて無期懲役にして一生刑務所から出てこれないようにしてくれと思うのは、至極当然でしょう😲😲😲

 なのに、検察が控訴しなかったのは、遺族からしたらやり場のない怒りを覚えたでしょう😡😡⚡


 それから、被害者参加制度について、


 私たち被害者の意見がどの程度裁判に反映されたのかは、本当のところよく分かりません。


 と言っていたのはその通りだと思います😰😰😰

 ボクからすると、殆ど反映されてない気がしますね😓😓😓

 反映されていれば、無期懲役から懲役22年になるわけないじゃないですか😭😭😭

 今回の裁判員は、判決を決める際に懲役22年は軽いと思わなかったのでしょうか⁉

 ホント不思議でなりません😔😔😔


 つくづく、今回の事件は悲惨極まりないですね😢😢

 18歳と言う若さで命を落とし、その命を奪ったバカは22年後にはシャバに出てのうのうと暮らすワケです😒😒😒

 被害者遺族の思いは察するに余りあります😭😭😭

 父親が感じたことは、論理的に飛躍している訳でもなんでもなく、ごくごく当然の感情です😣😣😣

 ホントにホントに可哀想です😥😥

 
 今後このような悲惨な事件が起きない事を願わずにはいられません🙏🙏🙏

 今日はそんなお話でした✒✨


 さて、来週は最近の無罪判決と言うテーマでお話します✒😄

 まだまだ寒い日が続きますが、風邪を引かないように気を付けて下さい😷😷

 それでは、良い週末をお過ごし下さいませ👍
 

 
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