日本初(?)有罪率99.9%の刑事裁判で〝二度も〟無罪判決を勝ち取った男のブログ!

過去、二度も刑事裁判の被告人として法廷に立たされるも、自力で反証、反駁をし二度も無罪判決を勝ち取る!そんな私が、あらゆる事を綴る!

裁判員経験者からの教訓。



 おはようございます

 今日もイイ天気ですね

 新しい一週間、張り切って行きましょう


 さて、今日は、最近の話題をお話します

 少し前ですが、朝日新聞に面白い記事があったので転載したいと思います❗

 少し長いですが、下記をご覧下さい👀


 (裁判員物語)痴漢です 身をもって知った冤罪の可能性


 ■第2章:6
 
 「冤罪(えんざい)は起こりうる」

 裁判員物語
 
 2010年に強盗致傷事件の裁判員を務めた小田篤俊さん(44)は、そう思っている。
 10年ほど前のことだ。
 日曜の夜に、学生時代に行きつけだった東京都内の飲み屋に立ち寄った。
 午後11時半ごろ、帰宅するために地下鉄に乗った。
 車両の連結部分近くの一番端の席に座り目を閉じた。
 数駅が過ぎたところで目が覚めた。
 乗客はほとんどおらず、車両内はガラガラ。 なのに、なぜか席を詰めるように、隣に30代後半の女性が座っていた。
「どうしてわざわざここに座るの?」と思いつつも、また目を閉じた。
 さらに数駅。突然、女性がひじで小突いてきた。
 「いま、触ったでしょ!」。
 女性は騒ぎ始めた。仕方なく、次の駅で降り、小田さんがホームのボタンを押して駅員を呼んだ。
 話せばわかると思っていたからだ。
 
 駅員が飛んできた。
 「警察を呼びます」。
 そう言って、小田さんの腰のベルトを後ろからつかんだ。その態度に腹が立った。
 まもなくパトカーが来て、警察署に連れて行かれた。
 指紋をとられ、顔の写真もあちこちから撮られた。
 取調室では、ちかんをしたことを前提に事情聴取された。
 「認めれば帰れる」。
 そう警察官は繰り返したが、「やっていないものはやっていない」と言い続けた。
 30分ほどやりとりを続けただろうか。
 警察官が急に「今日はこれで終わり」と言った。
 「明日があるんですか?」と尋ねると、「ない」との返事。
 女性が「もういい。終電があるから帰る」と言ったというのだ。
 悪いことは何もしていなかったが、正直、ホッとした。
 すでに最終電車の時間は過ぎていた。
 パトカーで送れるのは警察署の管内だけと言われ、結局、都内のマンガ喫茶に泊まって翌日そのまま出勤した。
 
 小田さんは、女性を見つけたらとっちめてやろうと思っていたが、1週間もすると女性の顔を忘れ、その後は、飲んだときにたまに話題にする程度になった。
 それが、裁判員を経験し、記憶がよみがえってきた。
 「自分のケースが法廷に出ていたら、アウトだっただろうな……」。そう思うと、背筋が寒くなった。
 
 12年、裁判員裁判について考える、日本弁護士連合会主催のシンポジウムにパネリストとして参加した。
 痴漢冤罪(えんざい)事件を取り上げた映画「それでもボクはやってない」を監督した周防正行さんも登壇した。
 打ち上げの席で小田さんは周防さんに自分の体験を話し、尋ねた。
 「ぼくはどうしたらよかったのでしょうか」
 周防さんが周りの弁護士たちに「みなさんはどう思いますか?」と質問をふると、「小田さんのとった行動は正しい」という声があがった。
 周防さんは言った。
 「それ、間違ってます。自分から駅員を呼ぶようなことは絶対にしてはいけません」
 同じように感じていた小田さんはうれしくなった。
 
 さらに、周防さんは、やっていないのであれば女性にきちんとやっていないと言い、名刺を渡すか、身分証明書を見せて、自分は逃げも隠れもしないからいつでも連絡を下さいとその場を離れるべき、との意見を言った。
 「それでも離してくれないようなら、弁護士に連絡するので待ってほしいと駅事務室には同行せず、その場で弁護士の到着を待つ。そのためにも弁護士の知り合いを持つことを勧める」とも。
 駅事務室に行けば、駅員は間違いなくすぐに警察に連絡。事情を聞かれることもなく、警察が来て「現行犯逮捕」されたものとして連行され、「被疑者」として拘留され、取り調べられることになってしまうという。
 
 小田さんは周防さんの意見に納得した。
 冤罪はありうる。
 裁判員を経験し、身をもってそう思うからこそ、変な正義感を出してノコノコ出て行くのは間違っているんだ、と思った。
 
 裁判員として担当した事件で、検察は被告が主犯だと主張した。
 小田さんたちは正反対の結論を出したが、検察のその主張に、ないものがあるとなる冤罪に通じる危険性を感じた。
 「裁判員の参加で今まで見破れなかった冤罪を見逃さないきっかけにはなると思う。一方で、見破れなかった場合は、裁判員が冤罪に加担してしまうことになる。それは怖いことだ」。
 だからこそ、一審の裁判員裁判の判断を過度に重視することは危険だとも考えている。
 「間違いがあることが前提でなければならない」。
 小田さんは言葉に力を込めた。



 という記事でした📰

 読んでみて、正にその通りだなと感じました😅💦

 まず、誰もがいつでも冤罪に巻き込まれる可能性があると言うことです❗❗❗

 この話を読むと、完璧に冤罪じゃないですか😡😡

 空いている車内で、自分から女性に寄っていった訳ではなく、気付いたら隣に居て、その後も眠っていたと言うんですから😅💦

 それなのに、この女性はギャーギャー騒ぎだして、次の駅で下車して、警察署にまで行って挙げ句の果てには“終電だから帰る”と言って帰っちゃったって言うんですから、意味が分かりません😒😒

 ホントに痴漢に遭ったと言うのなら、終電だから帰る、なんて言わないでしょう💦💦💦

 つくづく、世間には我々が考えもつかないような人も居るんですね😅💦

 ですので、いつ何時、こういう訳の分からない人と遭遇してしまう可能性があるのです😓😓

 
 そして、その後の対応ですが、小田さんの採った行動は間違っていると、『それでもボクはやってない』の監督である周防さんの指摘でした❗
 
 ボクも、この意見には右に同じくで、自ら駅員を呼ぶのは自分からパクられに行くようなものでしょう💨💨💨

 しかしながら、この男性と同じく“話せば分かる”と思い、駅員を呼んでしまう人は案外多いかも知れません😅

 こういう緊急事態に、予め身の振り方が分かっていると、その後の展開が全く変わってきます😄😄

 なので、間違っても自分から駅員を呼ぶようなことはしないでおきましょう❗


 それから、記事の中にあった、

 “ないものがあるとなる冤罪に通じる危険性を感じた。”

 とありましたが、ホントその通りで、ないものがあったことになってしまうのが冤罪なのです❗

 小田さんは、自分の過去の体験から、検察の言うことが全てではないと感じました⤴⤴

 「間違いがあることが前提でなければならない」。
 
 つくづくその通りだと思います❗❗❗

 
 皆さんも、この記事を読んで何か感じるところがあったのではないでしょうか⁉


 さて、明日も最近の話題をお話する予定です✒😄😄



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