日本初(?)有罪率99.9%の刑事裁判で〝二度も〟無罪判決を勝ち取った男のブログ!

過去、二度も刑事裁判の被告人として法廷に立たされるも、自力で反証、反駁をし二度も無罪判決を勝ち取る!そんな私が、あらゆる事を綴る!

初めての試み。


 
 おはようございます

 今日も、秋晴れで清々しいですね

 しかし、御嶽山は依然大変な事になっていますね

 一秒でも早く、安否不明の方が見付かることを祈念しています


 さて、昨日は、ボクが接見禁止中でも手紙を書けることを知った理由をお話しましたね

 きっかけは、何のことはない月刊誌からの情報でした

 今なら、スマホのスマートニュースやグノシー等のアプリで、じゃんじゃか情報は入って来ます

 しかし、当時も独居房に居たボクは、唯一無二の情報収集手段は、新聞と本しかありませんでした

 ですから、たかが実話ナックルズのワンコーナーの記事でも、ボクにとっては快哉を叫ぶ内容だったのです

 結局、その方法を実行することは出来ませんでしたが、概念としては、自分の頭の片隅にキッチリと刻み込まれました


 今日は、実際にそれを実行出来た理由についてお話します


 ボクは、今回パクられて、千葉東警察署と言う縁もゆかりもない所で勾留されました

 事件の担当は、浦安警察署だったのですが、そこの留置場には実行犯で現行犯逮捕された〝小原優作(おはらゆうさく)〟が勾留されていたので、ボクが同じ留置場に入る訳にはいかず、仕方なく別の警察署の留置場に行くことになったのです

 これは、同じ事件の被疑者同士を、同じ留置場に勾留してしまうと、口裏を合わせたりして、証拠隠滅を図る恐れがあるからです

 尤も、ボクの場合は、もし同じ留置場に勾留されたとしたら(有り得ないけど)、口裏合わせなんてことは考えず、隙を見て真っ先にボコボコにブン殴りに行ったでしょう

 この、ボクが共犯の関係で、事件の担当ではない警察署の留置場に行くことを、以前もお話しましたが〝預かり〟と言います

 
 その、預かりで行った警察署が、千葉東警察署でした

 生まれてこのかた、一度もこの辺りに来たことは無かったので、地理的にどの辺なのかは全く分かりませんでした

 
 留置場に行くと、担当の警察官が結構面白い人で、気さくに色々と話す人だったのです

 簡単に言うと、実にフレンドリーだったのです

 それに留まらず、法律にも精通していて、色々質問しても的確に答えが返って来たのです


 千葉東警察署では、三人一組の警察官が三班に分かれていて、24時間勤務の交代制で担当していました 
 
 この警察官は、三人一組の班の中で、班長の次に偉い人でした

 階級は、巡査部長でした


 ボクは、千葉東警察署に移ってから、接見禁止だったので、前回の勾留時に学んだ接見禁止中でも手紙が書ける方法があることを、その警察官にぶつけてみました

 すると、その警察官は、

 
 『前に、ここに居た人でそれをやっている人が居たな。』


 と、言うので、ボクは目がプリクラのように大きくなりながら、その続きを訊ねると、


 『その人は、接見禁止が一年位付けられていて、その間ずっとここに居たんだけど、手紙のやり取りをしていたよ。』


 と、言うので、ボクはどのようにやり取りをしていたのかを訊くと、


 『えっとね、確か裁判所に直接手紙を送って、OKならその手紙と一緒に決定文が戻って来て、空の切手を貼った封筒を渡してもらって、やっと発信出来るんだよ。まっ、時間は掛かるけどね。』


 と、答えが返って来たので、ボクは〝やっぱり出来るんだと、思い、早速先日このブログで書いた方法を試してみたのです

 ボクとしても、初めての体験だったので、どこかダメ元の思いで、裁判所宛に接見禁止一部解除請求を郵送しました

 すると、一週間位経った頃、以下の書面がボクの手元に届きました


 (※サムネイルなので、スマホの方は画像を何回かタップすると、より綺麗な画像がご覧頂けます)


 接見禁止一部解除決定文


 そうです

 見事に成功したのです


 日時を見てもらうと分かりますが、平成24年1月16日となっています

 ボクが、浦安の事件で起訴されたのが、平成24年1月10日ですから、ボクは起訴されてから直ぐに、接見禁止一部解除請求を出したのです

 起訴されて直ぐに、ボクはこの巡査部長こと、通称〝ブチョー〟に、ソッコーで訊いたのです

 
 それ以前の、22日間の被疑者段階では、ボクは不起訴で22日後には釈放されると思っていたので、敢えて手紙は出そうとは思わなかったのです

 だって、22日後にはシャバに居るんですから、急いで手紙を出す必要はなかったのです

 ところが、思いの外起訴されてしまったので、そうするといつゴールが来るか分かりませんから、急いで接見禁止一部解除請求を提出したのです

 
 
 因みに、例の警察官の話だと、以前この方法で手紙をやり取りしていた人は、〝カタギ〟の人ではなかったそうです

 ボクも、一年も接見禁止が付くなんて、そんなに聞かないので、絶対に普通の事件ではないんだろうな、とは思っていたのですが案の定でした

 まっ、事件に普通も何もないんですがね(笑)


 
 と、言うように、ボクが今回の方法で、接見禁止中でも手紙のやり取りが出来たのは、何よりこの留置場担当の巡査部長のお蔭だったのです

 名前は分かりませんが、ホントにホントに感謝しています

 この場を借りて、『紆余曲折あって、逆転無罪になりましたぁぁぁぁぁぁそして、その当時の話をこうして話していますと、伝えたいです


 改めて思うのが、こうして接見禁止中でも手紙のやり取りが出来たのは、何とか手紙を出したいと言う強い思いがあったからです

 その強い思いが、ボクが〝ブチョー〟から有益な情報を聞けた原因だとつくづく思います

 別に、ブチョーから、〝接見禁止中でも手紙を出せる方法があるよ〟なんて、言われたわけではありませんからね

 
 
 教訓としては、何とか今の状況を打開したい時は、ダメ元で色々と訊いてみる事ですね

 そうすると、思わぬ情報が得られる可能性が高まります

 と、ふと当時の事を巻き戻してみると、心底そう思います


 
 さて、今日はここまでにして、明日は今週の土曜日に実施される、東京拘置所矯正展のご案内をお話する予定です

 

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