日本初(?)有罪率99.9%の刑事裁判で〝二度も〟無罪判決を勝ち取った男のブログ!

過去、二度も刑事裁判の被告人として法廷に立たされるも、自力で反証、反駁をし二度も無罪判決を勝ち取る!そんな私が、あらゆる事を綴る!

刑事補償請求書(3)

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 おはようございます

 今日は、今週最後の金曜日、張り切って行きましょう


 では、早速刑事補償請求書の続きと行きましょう



 (4) 検察による証拠の隠蔽


① 通話記録の隠蔽

 原審証人尋問において、後藤隼に対する反対尋問の焦点であった、横浜駅西口近くのパチンコ店で、請求人から犯行 を持ち掛けられた点を反証する為に、請求人名義の携帯電話の通話記録は重要な客観的な証拠であった。
 
と、言うのも、後藤が逮捕当初から供述していた、犯行を持ち掛けられた日時には、請求人はフィットネスジムに通っていて、ジムが終了した後のその時間帯に、約一時間の通話がされ、その発信地が東京となっていたのである。
 すなわち、後藤が供述していた犯行を持ち掛けられたと言う日時に、請求人には明確なアリバイがあったのである!
 
 何故、請求人が通話記録の存在を知っていたのかというと、それは請求人が後藤事件で逮捕された時の取り調べで、担当の警察官から通話記録を見せられていたからである。
 従って、当然請求人としては、この通話記録の事実を担当の警察官に指摘し、後藤の供述はデタラメだと再三に亘り主張したが、何とその警察官はこの通話記録と後藤の供述の矛盾を知ってから、「後藤は、10月14日と断定している訳ではなく、10月14日前後だと言っている。」と、突如犯行を持ち掛けられた日時に幅を持たせて来たのである!
 
しかも、後藤の警察官調書には、明確に〝10月14日〟との記載がされているにも拘わらず!
 
結局、後藤事件に関しては不起訴ではあったが、小原事件の証人として出廷するとの事実を弁護人より聞いていたので、請求人としてはこの通話記録の事実を、後藤の証人尋問時にぶつけて弾劾しようと考えていたのである。

 ところが、小原事件で起訴された後、検察からの証拠開示の中に、この通話記録は存在していなかったのである。
 当然ながら、請求人としては、この通話記録の存在を弁護人に訴えたが、そうこうしている内に原審の証人尋問の日時が来てしまったのである。
 詰まり、原審の後藤の証人尋問時には、弁護側には何ら追及する為の〝カード〟が無かったのである!
 例えるならば、何の武器も持たずに戦闘に行く様なものである。
 
 請求人としても、通話記録が開示されていない状況で、その点について追及しても、裁判所乃至検察から異議が入ると考え、質問出来なかったのである。
 結局、原審での後藤の証人尋問は、弁護側からすれば完璧な徒手空拳で、一切〝追及カード〟が無かった為に、全く奏功しなかったのである。
 こんな結果になることは、最早至極当然である。
 
 そして、原審証人尋問後の5月10日に、検察より請求人の携帯電話の解析結果が開示されたが、何とそこには通話記録は存在せず、「発着信記録」があったのである!

「通話記録」と「発着信記録」は、一見すると同じ記録の様に思われるが、実際は大きく違い、発着信記録はあくまでも携帯電話の本体に残っている発着信の記録であって、通話記録は本体ではなく、携帯電話会社のサーバーに記録されており、捜査機関が「捜査事項照会」に基づいて初めて開示されるものであり、通話の発信地が都道府県単位ではあるが判明するのである。
 
詰まり、通話記録は、その時間帯に携帯電話の使用人が、何処に居たのかを、都道府県単位で証明するものなのである。言わば、アリバイを証明する重要な証拠なのである!
 
 請求人としては、後藤が供述する日時に、横浜に居なかったことを証明する客観的な証拠として、自身の通話記録の重要性を認識していた為、検察からの証拠開示を強く希望していたのである。
 詰まり、検察は請求人が「通話記録」の存在がある事実を知らないと思った為に、「発着信記録」でお茶を濁そうとしていたのである。
 これは何より、検察が請求人の「通話記録」が、後藤の供述と矛盾していることを確実に認識していた証左である!
 そうでなければ、請求人の携帯電話の解析データを開示した時に、「通話記録」も同時に開示していたはずである。
 
だから、本請求書2ページ目下段にある、平成24年5月10日の部分に記載されている、「請求人の通話記録は開示されず」と、太字で記載されているのである。
 結局、前記の通り(三ページ上段)、平成24年6月20日の請求人による、第二次証拠開示請求によって、検察は渋々開示してきたのである。
 以上の通り、検察は後藤供述と客観的に矛盾することを、確実に認識していたからこそ、請求人の「通話記録」の存在を隠蔽していたのである。


② 後藤隼の供述調書の隠蔽

 後藤隼の警察官調書、検察官調書も同様で、検察は請求人が平成24年5月28日に証拠開示請求をするまで、頬被りをしてこれらの証拠を開示して来なかった。
 
請求人としては、同年5月8日の証人尋問で、後藤に対して思うように弾劾出来なかった為、後藤が捜査段階でどのような供述をしているのかを調べる為に、同年5月28日の第一次証拠開示請求の中に、後藤の警察官調書、検察官調書の開示を請求したのである。
 
 そうした所、同年6月8日に、後藤の警察官調書、検察官調書が開示されたが、そこには何と明白な後藤供述の変遷が認められたのである! 
 
その点における、請求人の主張は、確定記録の中にある、請求人の「最終陳述書」「最終陳述書補充書」「控訴趣意書」に詳述の通りであるが、要点を述べると、後藤事件のきっかけである、後藤が請求人から横浜駅西口にある、パチスロ店の近くで声を掛けられた日時、状況が明らかに二転三転しており、本当にその様な体験をした者ならば、間違えるはずのない部分が大きく変遷していたのである。
 
特に、声を掛けられた状況については、普段滅多に遭遇することはないので、逆にその時の状況が鮮明に記憶されているのが普通である。
 しかし、その肝心な部分が、大きく変遷していると言うのは、実際にはそんな体験をしたのか疑問を抱くのは誰もが思う所である。
 当然、請求人としては、後藤が供述する様に、横浜で声なんて掛けていないので、供述が大きく変遷する理由は理解出来た。
 何故なら、後藤は実際にそんな体験はしていない、〝作り話〟であるから、首尾一貫しないのは至極当然だからである。
 
 しかし、後藤の作り話を証明するのは請求人の使命であるから、何とかしてそれを証明したかったのである。
 だからこそ、請求人の「最終陳述書」「最終陳述書補充書」「控訴趣意書」で詳述したのである。

 ところが、原判決は、請求人のこれらの主張を排斥し、請求人が横浜で後藤に声を掛けたと認定したのである。
 要するに、検察が後藤の警察官調書、検察官調書を開示して来たのは、原審証人尋問後の同年5月28日で、この時点で証人尋問は終了しており、前記の後藤供述の変遷について追及出来なかったのである!
 
詰まり、もし原審証人尋問時に後藤の警察官調書、検察官調書が開示されていれば、後藤の証人尋問は大きく変わっていた可能性が極めて高かったという事である。
 当然、検察としては、証拠の選別をしてから裁判所に証拠請求する為、その時点で後藤の供述調書を見ているのであるから、明らかに後藤の供述変遷について確実に認識していたのである!
 にも拘わらず、検察自らが後藤の供述調書を開示して来なかったのは、確信的に後藤供述の変遷を認識していたからである。
 
だから、請求人が請求するまで、頬被りをして、後藤の供述調書を隠蔽していたのである!
 結局、この点については、控訴審の再尋問で後藤が偽証を認めたものの、そのきっかけは、請求人が後藤の供述調書と、後藤の携帯電話のメールの送受信履歴を、丹念に精査した執念の賜物である。


③ 似顔絵の隠蔽

 似顔絵について、開示の経緯は添付書類の「控訴趣意書補充書」10頁から11頁で詳述の通りですが、この点は検察の証拠の隠蔽の中でも極めて重要である!
 
この似顔絵が開示されたお蔭で、小原証言の矛盾を弾劾出来たのであるから、本当に貴重な証拠である。
 
繰り返しになるが、そもそも請求人がこの似顔絵の存在を知ったのは、原審証人尋問での裁判官からの質問に、小原が証言したことにより、初めて知る所となったのである。
 
その後、小原の証言を聞いた請求人は、検察に対して、同年5月28日に証拠開示請求をしたが、同年6月12日の原審第三回公判において、検察官は「似顔絵はありません。」と、明確に返答した!
 しかし、この検察官の回答が完璧な虚偽であるのを証明する為に、添付書類1の一枚目を見てもらうと、以下の通り記載がされていたのである。
  
 「被告人からの平成24年6月5日付け受理の証拠開示請求については、後藤隼の供述調書のみ存在したので弁護人に開示した。同請求に係る他の証拠は存在しない。」

 詰まり、この時の証拠開示請求の中で、後藤の供述調書のみ開示するが、それ以外は〝存在しない〟と明確に回答しているのである!
 しかしながら控訴審における検察の証拠開示の中の、小原の未開示の警察官調書に、おもいっきり似顔絵が添付されていた事実は、何よりこの検察官の回答を完全に否定するものであり、すなわち、原審の検察官が嘘を吐いていた動かぬ証拠である! 
 
この添付書類1の、第三回公判調書の記載は、検察の極めて悪辣な証拠の隠蔽を証明するものであり、断じて言語道断である!
 結果的に、小川正持裁判長が、積極的に似顔絵の存在について調査してくれたから開示されたものの、もし、そうでなければ、この似顔絵は検察庁の倉庫に眠っていたという事であって、本当に恐ろしい事である。



 以上、今日はここまでです

 来週で、最後になります

 
 良い週末を