日本初(?)有罪率99.9%の刑事裁判で〝二度も〟無罪判決を勝ち取った男のブログ!

過去、二度も刑事裁判の被告人として法廷に立たされるも、自力で反証、反駁をし二度も無罪判決を勝ち取る!そんな私が、あらゆる事を綴る!

久し振りの〝予想外〟の再会…。

人気ブログランキングバナー





 (お手数ですが、両方のバナーをクリックして頂けると嬉しいナッシー!)


 こんばんは

 今日は、ちょっといつもより更新の時間が遅くなりました…


 昨日は、12月20日に同級生のT君と、和久津の実家に行く前に手土産を買うのに色々と葛藤した、と言うお話をしました

 ホント、良く『人生とは修行だ』とか『人生とは勉強だ』等と言う言葉を聞きますが、流石に昨日の様な状況の勉強は初めてだったので戸惑いました…


 今日は、昨日の続きをお話しして、五反田デリヘル殺人事件を終結したいと思います

 
 さて、ボクとT君は、それぞれ手土産を買って、和久津の実家へと歩を進めました

 時刻は、18時を少し過ぎた所で、丁度夕食時で恐縮だったのですがお邪魔する事にしました

 〝ヨネスケ〟なら、デカイしゃもじを持って、「隣の晩御飯~」って、ズカズカ行けばいいですが、流石にそういう訳にもいかないですからね…(笑)

 
 そして、ボクとT君は和久津の実家のチャイムを鳴らすと、お父さんが出て快活な笑顔で迎え入れてくれました。

 『改めまして、先日は大変お世話になりました。』

 と、ボクは11月29日に裁判所で会った際に、色々とお世話になった件のお礼を伝え、手土産を渡すとお父さんは『あっ、すいません。』と少し恐縮した様子で受け取ってくれました。

 早速ボクは、

 『お線香いいですか

 と、言い仏壇に向かい、和久津と約5年振りに再会しました

 しかし、一方は現世でもう一方は来世と言う形で…

 ボクは、当然の事ながら、和久津とこんな形で再会するなんて、夢のまた夢にも思いませんでした…

 更にこの時、月並みですが、〝人生とは本当に何が起こるか分からないな…〟と、痛感しました…

 そんな事を想いながら、来世の和久津と対面し、両手を合わせました

 ところが、ボクは和久津の仏壇と対峙した際に、瞬時にある違和感を覚えました…。


 続いて、T君もお線香を上げて、しっかりと両手を合わせていました。

 T君は、和久津とは大分会っていなかったみたいで、かなり前にやった同窓会以来だと言っていました。

 従って、地元の同級生の中では、一番最後に現世での和久津と会ったのはボクだと言う事になります


 ボクとT君が、お線香を上げ終わると、お父さんが『どうぞこちらへ』とリビングに案内され着席しました。

 ボクとT君が横に並び、お父さんとテーブルを挟んで向かい合う形となりました。

 そこで、お母さんが温かいお茶を入れてくれて、それを頂きながらお父さんが話し始めました
 
 すると、どうやらお父さんたちも出掛けていたみたいで、つい一時間ほど前に帰宅したと言うのです。

 
 その行き先とは、何と東京高等裁判所です

 
 実は、この日は五反田デリヘル殺人事件の主犯である、〝トリヤマノリユキ〟の控訴審判決の日だったのです

 ボクも、傍聴に行こうと思っていたのですが、1000%控訴棄却なのが分かっていたので行かなかったのです。

 その控訴審判決を、わざわざ傍聴に行っていたと言うのです。

 ホント、頭が下がると言うか、被害者遺族の立場からすれば、裁判の行方を最後まで見届けたいと言うのは、ごくごく当然の感情なのかも知れませんね…。

 その情報を聞いたボクは、

 『控訴棄却でしたよね

 と、訊ねると、

 『うん。棄却だった。』

 と、お父さんは返答し、ボクは、

 『やっぱり。』

 と、合点しながら頷いていました。

 因みに、その五日後の12月25日は、柴田真也と小田浩司の控訴審判決で、その公判も傍聴に行くと仰っていました。

 
 そして、ボクは仏壇と対峙した時の違和感を、お父さんにぶつけてみました。

 『あの、まだ遺骨はお墓に入れてないんですか

 と、訊ねました。

 そう、ボクが感じた違和感とは、仏壇に骨壺がそのまま置いてあった事です…

 事件があったのが、平成24年5月7日ですから、とっくに49日を過ぎていますので、ボクは何でだろうと疑問に思ったのです。

 そこで、その点をお父さんに訊いてみると、

 『だって、一人でお墓に入ったら寂しいじゃない…』

 と、返答してくれて、ボクはホント胸が締め付けられました…

 亡くなった事情が事情だけに、こういった所に強い親心を感じました

 ボクは、まさかその発想は思い浮かばなかったので、つくづく事件の当事者である和久津の両親は、ボクが想像出来ない以上の葛藤や想いがあるのだなと痛感させられました…

 
 その後、お父さんと色々な話をして行く中で、今回の事件での検察の対応に話が及びました。

 以前にもお伝えした通り、この事件の一審公判は被害者参加制度で審理されたので、被害者遺族の意向をある程度汲み込んでくれるのです

 その代表が、〝論告求刑〟です

 論告求刑とは、検察が被告人に対してどの位の懲役刑(あるいは死刑)を求めるのかと言う意味です。

 この論告を、裁判所は一つの基準として、有罪の場合はあらゆる証拠や犯行態様、情状等を考慮して最終的に〝懲役〇〇年に処する〟と、判決が決まります。

 この求刑に際して、お父さんは主犯の〝トリヤマノリユキ〟に〝懲役30年〟を求めたそうです

 この、お父さんの意向に対し、検察は論告求刑で〝懲役30年〟を求刑してくれたそうです

 詰まり、東京地検は全面的にお父さんの意向を汲んでくれたと言う事です。

 その結果、トリヤマノリユキは一審で、「懲役20年」の判決が下りました

 この点に関して、お父さんは、

 『トリヤマは、今42歳だから懲役20年なら出て来る時にはもう60歳を過ぎているでしょう。そこからやり直すのは難しいだろうから、まあいいかなと思っているね。』

 と、仰っていました。

 ボクが思うに、この発言の意図は、〝自分の息子の人生をメチャメチャにしたんだから、お前の人生もメチャメチャになって当然だろう〟と、言う思いがあるのだなと思いました

 更に、お父さんは、

 『ホント、今回は検察が良く頑張ってくれたんだ。担当の検事さんが、何とか強盗致死で持って行くからと言ってくれてね。』

 とも、仰っていました。

 これは、ボクも極めて同感で、以前も書きましたが今回の事件は厳密には殺人ではなく〝事故〟です。

 しかし、検察は遺族の無念を晴らすべく、少しでも加害者に重い刑を与えようと、出来る限りの重い罪で起訴するように頑張ったのです

 そういう意味では、今回の事件での検察は、非常に被害者側の意を汲んで寄り添っていたと思います

 この点は、ボクも検察の行動を称えたいと思います

 まっ、ボクと対決した時の検察は、とてつもなくバカで酷かったですが、それはとりあえず置いておきましょう…


 そんなこんなで、一時間半位和久津の両親とお話をして、ボク達はおいとましました

 勿論、また近い内にお線香を上げに来ると言う約束もしました


 ボクは、やっと来世の和久津と対面しましたが、彼は空の上からボクとT君がお線香を上げに来たのを、どのような想いで見詰めていたのでしょうか

 そんな事を思いながら、ボク達は帰路へと着きました

 
 さて、今回で一旦この事件についてのお話は終わりますが、また何か状況が変わった時はご報告させて頂きます

 明日は、お正月を過ぎたので、昨年居た〝小菅ヒルズ〟のお正月事情をお話しします