日本初(?)有罪率99.9%の刑事裁判で〝二度も〟無罪判決を勝ち取った男のブログ!

過去、二度も刑事裁判の被告人として法廷に立たされるも、自力で反証、反駁をし二度も無罪判決を勝ち取る!そんな私が、あらゆる事を綴る!

カテゴリー "11月29日裁判傍聴記" の記事

久し振りの〝予想外〟の再会…。

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 こんばんは

 今日は、ちょっといつもより更新の時間が遅くなりました…


 昨日は、12月20日に同級生のT君と、和久津の実家に行く前に手土産を買うのに色々と葛藤した、と言うお話をしました

 ホント、良く『人生とは修行だ』とか『人生とは勉強だ』等と言う言葉を聞きますが、流石に昨日の様な状況の勉強は初めてだったので戸惑いました…


 今日は、昨日の続きをお話しして、五反田デリヘル殺人事件を終結したいと思います

 
 さて、ボクとT君は、それぞれ手土産を買って、和久津の実家へと歩を進めました

 時刻は、18時を少し過ぎた所で、丁度夕食時で恐縮だったのですがお邪魔する事にしました

 〝ヨネスケ〟なら、デカイしゃもじを持って、「隣の晩御飯~」って、ズカズカ行けばいいですが、流石にそういう訳にもいかないですからね…(笑)

 
 そして、ボクとT君は和久津の実家のチャイムを鳴らすと、お父さんが出て快活な笑顔で迎え入れてくれました。

 『改めまして、先日は大変お世話になりました。』

 と、ボクは11月29日に裁判所で会った際に、色々とお世話になった件のお礼を伝え、手土産を渡すとお父さんは『あっ、すいません。』と少し恐縮した様子で受け取ってくれました。

 早速ボクは、

 『お線香いいですか

 と、言い仏壇に向かい、和久津と約5年振りに再会しました

 しかし、一方は現世でもう一方は来世と言う形で…

 ボクは、当然の事ながら、和久津とこんな形で再会するなんて、夢のまた夢にも思いませんでした…

 更にこの時、月並みですが、〝人生とは本当に何が起こるか分からないな…〟と、痛感しました…

 そんな事を想いながら、来世の和久津と対面し、両手を合わせました

 ところが、ボクは和久津の仏壇と対峙した際に、瞬時にある違和感を覚えました…。


 続いて、T君もお線香を上げて、しっかりと両手を合わせていました。

 T君は、和久津とは大分会っていなかったみたいで、かなり前にやった同窓会以来だと言っていました。

 従って、地元の同級生の中では、一番最後に現世での和久津と会ったのはボクだと言う事になります


 ボクとT君が、お線香を上げ終わると、お父さんが『どうぞこちらへ』とリビングに案内され着席しました。

 ボクとT君が横に並び、お父さんとテーブルを挟んで向かい合う形となりました。

 そこで、お母さんが温かいお茶を入れてくれて、それを頂きながらお父さんが話し始めました
 
 すると、どうやらお父さんたちも出掛けていたみたいで、つい一時間ほど前に帰宅したと言うのです。

 
 その行き先とは、何と東京高等裁判所です

 
 実は、この日は五反田デリヘル殺人事件の主犯である、〝トリヤマノリユキ〟の控訴審判決の日だったのです

 ボクも、傍聴に行こうと思っていたのですが、1000%控訴棄却なのが分かっていたので行かなかったのです。

 その控訴審判決を、わざわざ傍聴に行っていたと言うのです。

 ホント、頭が下がると言うか、被害者遺族の立場からすれば、裁判の行方を最後まで見届けたいと言うのは、ごくごく当然の感情なのかも知れませんね…。

 その情報を聞いたボクは、

 『控訴棄却でしたよね

 と、訊ねると、

 『うん。棄却だった。』

 と、お父さんは返答し、ボクは、

 『やっぱり。』

 と、合点しながら頷いていました。

 因みに、その五日後の12月25日は、柴田真也と小田浩司の控訴審判決で、その公判も傍聴に行くと仰っていました。

 
 そして、ボクは仏壇と対峙した時の違和感を、お父さんにぶつけてみました。

 『あの、まだ遺骨はお墓に入れてないんですか

 と、訊ねました。

 そう、ボクが感じた違和感とは、仏壇に骨壺がそのまま置いてあった事です…

 事件があったのが、平成24年5月7日ですから、とっくに49日を過ぎていますので、ボクは何でだろうと疑問に思ったのです。

 そこで、その点をお父さんに訊いてみると、

 『だって、一人でお墓に入ったら寂しいじゃない…』

 と、返答してくれて、ボクはホント胸が締め付けられました…

 亡くなった事情が事情だけに、こういった所に強い親心を感じました

 ボクは、まさかその発想は思い浮かばなかったので、つくづく事件の当事者である和久津の両親は、ボクが想像出来ない以上の葛藤や想いがあるのだなと痛感させられました…

 
 その後、お父さんと色々な話をして行く中で、今回の事件での検察の対応に話が及びました。

 以前にもお伝えした通り、この事件の一審公判は被害者参加制度で審理されたので、被害者遺族の意向をある程度汲み込んでくれるのです

 その代表が、〝論告求刑〟です

 論告求刑とは、検察が被告人に対してどの位の懲役刑(あるいは死刑)を求めるのかと言う意味です。

 この論告を、裁判所は一つの基準として、有罪の場合はあらゆる証拠や犯行態様、情状等を考慮して最終的に〝懲役〇〇年に処する〟と、判決が決まります。

 この求刑に際して、お父さんは主犯の〝トリヤマノリユキ〟に〝懲役30年〟を求めたそうです

 この、お父さんの意向に対し、検察は論告求刑で〝懲役30年〟を求刑してくれたそうです

 詰まり、東京地検は全面的にお父さんの意向を汲んでくれたと言う事です。

 その結果、トリヤマノリユキは一審で、「懲役20年」の判決が下りました

 この点に関して、お父さんは、

 『トリヤマは、今42歳だから懲役20年なら出て来る時にはもう60歳を過ぎているでしょう。そこからやり直すのは難しいだろうから、まあいいかなと思っているね。』

 と、仰っていました。

 ボクが思うに、この発言の意図は、〝自分の息子の人生をメチャメチャにしたんだから、お前の人生もメチャメチャになって当然だろう〟と、言う思いがあるのだなと思いました

 更に、お父さんは、

 『ホント、今回は検察が良く頑張ってくれたんだ。担当の検事さんが、何とか強盗致死で持って行くからと言ってくれてね。』

 とも、仰っていました。

 これは、ボクも極めて同感で、以前も書きましたが今回の事件は厳密には殺人ではなく〝事故〟です。

 しかし、検察は遺族の無念を晴らすべく、少しでも加害者に重い刑を与えようと、出来る限りの重い罪で起訴するように頑張ったのです

 そういう意味では、今回の事件での検察は、非常に被害者側の意を汲んで寄り添っていたと思います

 この点は、ボクも検察の行動を称えたいと思います

 まっ、ボクと対決した時の検察は、とてつもなくバカで酷かったですが、それはとりあえず置いておきましょう…


 そんなこんなで、一時間半位和久津の両親とお話をして、ボク達はおいとましました

 勿論、また近い内にお線香を上げに来ると言う約束もしました


 ボクは、やっと来世の和久津と対面しましたが、彼は空の上からボクとT君がお線香を上げに来たのを、どのような想いで見詰めていたのでしょうか

 そんな事を思いながら、ボク達は帰路へと着きました

 
 さて、今回で一旦この事件についてのお話は終わりますが、また何か状況が変わった時はご報告させて頂きます

 明日は、お正月を過ぎたので、昨年居た〝小菅ヒルズ〟のお正月事情をお話しします

   

約束を果たす…。

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 こんにちは

 そろそろ、お正月休みのダルさも抜けて来た今日この頃、いかがお過ごしでしょうか

 
 さて、昨日は五反田デリヘル殺人事件の、ボクなりの総括をさせてもらいましたが、ホント悲惨な事件でした…

 今日は、和久津の両親と裁判所でお話しした際に約束した、彼の墓前にお線香を上げに行った時の事をお話しします

 
 和久津の両親と会ったのが11月29日で、その際にボクは「今年中に必ずお伺いします」と約束したので、何とかして平成25年度中にはお伺いしようと考えていました。

 そこで、ボクは和久津と中学時代に同じクラスになった事がある同級生に連絡を取り、一緒に行かないかと打診した所、快く快諾してくれたので一緒に行く事になりました

 その同級生T君とは、中学を卒業した後も、バイクの走り屋(今は見掛けないな…)を一緒にやっていて仲が良かったのです

 因みに、その彼は事件の事は全く知らず、ボクが教える形となりました

 ボクと、T君のお互い都合のいい日を調整し、結局12月20日に行く事になりました
 
 そして、その旨を両親に伝えるべく、和久津の自宅に電話するとお父さんが出て、12月20日の夕方にお伺いしたい旨を伝えると、「是非お待ちしています」との返事を頂いたので、その日に伺う運びとなりました


 当日は、T君に家に迎えに来てもらい彼の車で行きました

 で、改めて思ったのが、伺うのに際して流石に手ぶらはマズイと思い、何か手土産を買おうと近くのショッピングモールに行ったのですが、一体何を買えばいいのか分からないんですよ…

 そりゃあ、時節柄お歳暮の時期とは言え、こういう特殊な状況ですから、流石にお歳暮って訳にもいかないですからね…

 いかんせん、ボクも初体験の事なので、何を買って行けば良いのか分からない訳です。

 逆に、皆さんはそういう経験がありますか

 
 犯罪に巻き込まれて、大切な家族を亡くした遺族に会いに行くと言う状況を…。

 犯罪に巻き込まれて、無念の死を遂げた同級生かつ元同僚にお線香を上げに行くと言う状況を…。

 
 まず、殆どの方が未経験のはずです。

 なので、ホントT君と「どうしようか…」と協議していました

 だって、お花ってのも何か変ですし、お葬式ではないので香典って言うのも違うし、じゃあスイーツかって言ってもそれも何だかしっくり来ないし…

 と、何だかんだと協議した結果、お茶とお煎餅を買うと言う結論に達し、ボクはお煎餅を買いT君はお茶を買いました

 その際、店員さんが『お歳暮の札はどうされますか』と、訊ねて来たので、ボクは『おもいっきり剥がして下さい。』とお願いしました。(笑)

 そりゃそうでしょう、どう考えたってお歳暮じゃないんですからね…

 因みに、お茶を買ったT君は、買う際に試飲して美味しかったらしく、『美味かったから自分の分も買っちったよ。』と言う展開でした。(笑)

 全く、ホントマイペースな奴です

 ボクの中では、この選択が果たして正解だったのかどうかは分かりません…

 と、言うより、正解なんて無いんじゃないでしょうか。

 勿論、手土産と言うのは、ささやかな気持ちの表れですから、どんな状況においても正解はないのかも知れません。

 しかし、今回の様な〝特殊な状況〟では、両親に不快な思いをさせてはいけませんから、正解は無くとも不正解であってはならなかったのでホント迷いました…

 そんな中、我々が選択した最適解がお茶とお煎餅だったので、これには当たり障りは無いのかなと思っていますが、その〝判決〟は和久津の両親が下すので、我々には分かりません…。

 どなたか、正解をご存知な方はボクにご教示下さい(笑)


 で、何で殊更こんな事を書いたのかと言うと、ボクの中では、こういう状況になってしまうのも事件の内の一つだと思うからです…

 詰まり、加害者の裁判が終わったら事件は終わりなのではなく、事件は永遠に終わらないと言う事です

 これは、被害者遺族にとっては、ある種の〝無期懲役〟でしょう…。

 以前の記事で書いた通り、無期懲役とは懲役の期限が無い、すなわち終わりが無いと言う意味でした。

 被害者遺族である和久津の両親は、最愛の息子をこんな悲惨な形で亡くすと言う、何物にも代えがたい辛さを背負いながら、これから生きて行かないといけないのです

 それは、この現世では、和久津の両親が亡くなるまで続くので、ホント無期懲役と同じです…

 しかも、和久津の両親は、全く悪い事をしていないのにも拘わらず、何故こんな〝罰〟を受けないといけないのでしょうか…

 つくづく、人生とは不合理、不整合、不条理です…。


 そして、我々は和久津の自宅へと歩を進めました


 丁度キリが良いので、この続きは明日お話しします

『五反田デリヘル殺人事件』ボクの総括。

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 新年明けましておめでとうございます

 今日から、仕事初めの方も多いかと思います

 このブログも、今日から仕事初めです(笑)

 本来なら、年末にきちんとご挨拶して締め括ろうと思っていたのですが、バタバタしていてそのままお正月休みに入ってしまいました…

 そんな身勝手をお許し下さい…


 さて、今日は五反田デリヘル殺人事件の総括をしたいと思います

 早速ですが、皆さんに問いたいと思います。


 もし、愛する奥さん(旦那さん)が、犯罪に巻き込まれて殺されたらどうしますか

 もし、愛するお子さんが、犯罪に巻き込まれて殺されたらどうしますか

 もし、愛する彼氏(彼女)が、犯罪に巻き込まれて殺されたらどうしますか

 もし、愛する家族が、犯罪に巻き込まれて殺されたらどうしますか


 あるいは、そういう経験はありますか…


 ここでボクは、敢えて〝殺されたら〟と言う表現を使いましたが、これには理由があります

 その理由は、被害者遺族にとっては、過失だろうが故意だろうが、その人が返って来ない結果は変わらない以上、殺されたのも同然だからです…

 なので、良くある交通事故で愛する人を亡くした時等、いくらわざとじゃない事故であったとしても、遺族からしたら殺されたのと同じでしょう

 犯罪名が違うだけで、結果は何ら殺人と変わらないでしょう…

 
 で、前記の〝もし〟を想像したとしても、きっと想像出来ないのではないでしょうか

 例えるならば、ラーメン二郎に、野菜、アブラ、カラメ、増し増しのラーメンを食べていないのにも拘わらず、その味を想像しろと言う様なものでしょう。

 絶対に分かる訳ないですよね

 だって、食べてないんですから…


 では、何故そんな事を訊いたのかと言うと、それは事件の数だけこの〝もし〟をリアルに体験している人達が〝居る〟と言う事実を知ってもらいたいからです

 とは言え、実際にこの〝もし〟を経験しない限り、所詮は他人事でしょう…

 だからこそ、ボクもこうして綴れるのかも知れません…


 今回、偶然が偶然を呼んで、この事件の被害者がボクの同級生かつ仕事の元同僚で、その加害者の一人がボクが小菅ヒルズで気になっていた奴で、更には一つ隣の部屋だったと言う、正に〝事実は小説より奇なり〟な状況でした

 従って、被害者加害者双方を知っていると言う、実に不可思議な立場で、この事件を見ていました

 ボクが思うに、今回の事件は、厳密に言えば殺人事件ではありません

 和久津は、突然の襲撃から逃れようと、ベランダ伝いに隣の部屋に移ろうとした際に、手を滑らせ誤って七階から転落してしまいました

 加害者の誰かが、和久津を突き落した訳ではありません。

 なので、厳密にはこれは〝事故〟です。

 しかし、和久津の両親からすれば、〝これは事故だから…〟で割り切れるはずがありません

 ボクも、法律上の解釈はともかくとして、これは事実上の殺人だと思っています 
 
 何故ならば、突然の襲撃が無ければ、又、それだけ切迫した状況に追い込まれなければ、和久津はベランダ伝えに逃げると言う選択をしなかったからです。

 だから、この状況に追い込んだ加害者達は、それ相応の責任を取らないといけません。


 ここで、〝責任〟と言う言葉が出て来ましたが、犯罪によって人を死なせてしまったら、その加害者は一体どんな責任を取らないといけないのでしょうか。

 まずは、〝刑事責任〟ですが、これはご存知の通り最高刑は死刑から無期懲役、有期懲役と言う刑罰が待っています

 もう一つが、〝民事上の責任〟ですが、これは国が積極的に何かをしてくれる訳ではなく、被害者自ら損害賠償請求を起こして裁判をしないといけません…

 勿論、結果は勝訴の可能性が極めて高いですが、問題はその後で、仮に「〇〇〇円の金員を、被害者に支払え」との判決が出たとしても、加害者にお金が無ければ、正に〝無い袖は振れない〟で一円もお金は貰えないのです…

 強制執行だ何だとやっても、懲役に行っている人間から、一体何を差し押さえろ言うのでしょうか。

 ですから、いくら民事で勝っても、相手に財産が無ければ何も取れないのです…

 詰まり、全くのやられ損…。

 これが、民事裁判の限界なのです

 尤も、被害者遺族からすれば、いくらお金をもらったからと言って、その傷が癒える事は決してありません…


 又、和久津の両親から聞いた話だと、現在では法律が変わり、被害者給付金制度が確立されていれ、国からお金が出るそうなのですが、たいした金額ではないそうです…。

 この点は、今後改善の余地があると思います。


 話は、〝刑事責任〟に戻りますが、もしあなたが愛する誰かを殺されたら、その加害者にはどんな刑罰を求めますか

 愛する人を殺されたんだから、加害者も同じ目に遭わせたいと思うのが、大多数の意見ではないでしょうか…。

 そもそも、法律の起源は、『ハンムラビ法典』に由来すると言われています。

 ハンムラビ法典とは、人類最古の合理的法典(実際には最古の法典は「リピットイシュタル法典」)といわれています。

 その意義は、「量刑のバランスを量っている点」にあります。

「ハンムラビ法典の眼には眼を、歯には歯を、、は、やられたら、やり返せ、ではなく、眼をつぶされたら、相手の目のみしかつぶしてはならない、歯おなじく、つまり復讐のエスカレートを防ぐ為と行為と量刑のバランスを規定している ...」点に「応報刑主義に基づく最古の合理的法典」といわれる所以があります。(参考文献yahoo知恵袋)

 詰まりは、眼をやられたんだから眼のみを潰させろと言う事に照らせば、愛する家族を死なせたんだから死ぬのは当然、と言う結論に達します

 被害者遺族からすれば、死なせたんだから、あんたも死んで責任を取りなさい、となるでしょう…

 しかし、現代社会では、この論理は通用しにくくなっています…

 現在の刑事裁判では、被害者が一人の場合は死刑を選択する事は殆どないのが現状です

 感情論だけで言えば、殺された被害者からすれば、死刑が当然の為、ここで感情と法律の不均衡が生じます。

 又、前記のハンムラビ法典の論理とも矛盾します…

 因みに、ここでは死刑の是非についての議論はおいて置きます。

 これだけで、簡単に一冊の本が書けてしまうので…


 要するに、法律に感情はないと言う事です

 この点は、以前からボクも理解しているとは言え、簡単に割り切れないものがあります。

 和久津の両親からすれば、被害者が一人だとうと何人だろうと、息子を殺された事に変わりはないんですから、加害者全員を殺してやりたいと思うのが至極当然でしょう…

 そうした時、唯一の無念を晴らす場である裁判が、被害者遺族の感情を全くではないにしろ、形式的に判断材料の一つとしてしか考えていないのだとしたら、一体何の為に裁判をするのか行き詰まります…

 ホント、刑事裁判とは何なのでしょうか


 そんな事を、考えさせられた極めて印象に残る事件でした…

 
 さて、明日は先月和久津の実家にお線香を上げに行った時のお話をしたいと思います 

予想外の展開…。

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 こんにちは

 本日は、昨日からの雨が続いていて、パッとしない天気ですね…

 
 さて、昨日は和久津の両親と裁判所の地下の喫茶店で事件の詳細を聞き、ボク自身が予想していた経緯とかなり乖離している事実を知らされた所までお話ししました

 これには、ボクも大変ビックリさせられました

 だって、和久津は全然関係なかったんですから…。

 ホント、〝流れ弾〟に当たってしまった様なものでしょう…。

 
 裁判所地下の喫茶店では、何だかんだで40分位両親とお話をしていたのですが、その途中で両親が裁判に出廷した時の状況を話始めると、目からは止めどなく涙が溢れていました…

 どうやら、和久津の両親は、被害者参加制度で加害者の裁判に出廷していたそうです。

 その際、お父さんは加害者の顔を見れなかったと言います…。

 『どうしてもね、顔を見る事が出来なかったんだ。』

 と、奥歯を噛み締める様に、悔しさに溢れながらボクに言いました。

 ボクも、出来る事ならこの時の裁判を傍聴したかったのですが、いかんせん身柄を拘束されちゃっていたので、傍聴したくても傍聴出来なかったのです…


 そして、お父さんはこうも言いました。

 『私はね、検察官に、全員ここに連れて来い全員両手を縛って引きずり回してやるから、と言いましたよ。』

 と。

 この発言は、ボクはその気持ちが非常に良く分かりました…

 何故なら、最愛の息子を、こんな形で亡くしてしまうなんて、これ以上の屈辱、悲しみ、嘆き、憤り、慟哭はないからです

 ボクは今、前記で様々な表現を用いましたが、和久津の両親からすれば、こんな言葉では表現し尽くせない思いでしょう。

 
 そして、お父さんが言った以下の言葉が非常に強く印象に残っています…

 それは…。


 『生きるとはね、地獄よりも地獄的だって思うよ…。』


 と、言う言葉でした。

 この言葉は、最愛の息子の突然の死と言う悲しみを、ずっと背負って行かないといけない辛さが凝縮されていると思いました…

 非常に、奥が深い言葉だなと感じました…


 和久津のお父さんは、色々話を聞いて行くと、もう70歳だそうです

 しかし、そんな年齢には全く見えず、こんな悲惨な出来事があっても、凄く快活でシュッとした感じで、ホント元気のいいお父さんなんです

 逆に、ボクがパワーをもらいました(笑)

 なので、途中両親が涙を流すシーンはありましたが、雰囲気自体はお通夜の様なシーンとした感じではなく、ホント和やかにお話ししてくれました。

 おそらく、心中は相当複雑な思いであったのに、突然のボクの申し出にも快く快諾して頂き、つくづく頭が下がります。


 そして、ボクは、

 『改めて、お線香を上げに行かせて下さい。』

 と、言うと、

 『是非、お願いします。』

 と、お父さんは言ってくれたので、遅くとも今年中に行くと伝えました。

 このボクの発言は、所謂社交辞令何かではなく、本当の意味での発言でした
  
 ボクとしては、まさか彼の両親が柴田と小田の控訴審に来るなんて、夢にも思いませんでしたので、これはきっと何かの導きなのだなと思いました。

 ホント、人間って生きていると、こうも不思議な現象が起こるものなんですよね…


 そして、そろそろお開きかなと思った所で、お父さんが、

 『お昼は食べましたか

 と、訊いて来たので、

 『いえ、まだです。』

 と、返答すると、お父さんは、

 『じゃあ、折角だから日比谷公園に美味しいカレー屋さんがあるから、そこでご飯を食べましょう

 と、言うので、ちょっとビックリしたのですが、丁度ボクもこの日は午後から観たい裁判があって、どの道裁判所地下の食堂で〝お一人様ランチ〟をしようと思っていたので、この申し出は実に渡りに船でした

 従って、ボクは、

 『是非行きましょう。』

 と、言い、急遽ボクと和久津の両親とで日比谷公園の中にある、オサレなカレー屋さんに行く事になったのです(笑)

 全く、人生とはこう予定調和じゃない事が起こるからこそ面白いですよね


 そして、三人でゆっくりと裁判所から日比谷公園に向かって歩いて行く最中も、お父さんはホント色々な話をしてくれました

 それはまるで、散歩に行きたがっていた犬が、やっと外でリードを外されたかのようなはしゃぎっぷりでした。(笑)
 
 はしゃぎっぷりと言っても、実際にはしゃいでいた訳ではないですが、何か今まで話したかったんだけれどもなかなか話せなかったので、こうして話せる機会をどこか喜んでいるようでした。

 ホント、お父さんは話好きで、まるでボクの70歳を見ているかの様でした。(笑)

 
 そうこうしている内に、日比谷公園内のオサレなカレー屋さんに到着して、お昼時と言う状況もあって少し待ちましたが、三人でテラス席に通されました。

 そこで、お父さんは、

 『ここは、これがおススメだから。』

 と、言って、自動的にハヤシライスを注文されてしまいました。(笑)

 しかも、大盛りで実に、楽しいお父さんです(笑)

 ハヤシライスを待っている間も、まあお父さんは良くしゃべるしゃべる(笑)

 気付いたら、ハヤシライスが到着し、食べてみるとこれが美味しいのなんの

 これは、ボクも新発見だったので、今後の傍聴時のランチの選択肢に組み込もうと思いました

 是非、今度ボクと〝逆転無罪の傍聴ツアー〟を開催した時は、必ずやこのハヤシライスをツアーに組み込みましょう。(笑)


 さて、予想外の三人でのランチが終わって、お父さんがタバコを吸いたいと言うので喫煙所に行き、そろそろお別れの挨拶をしようとすると、

 『これから何処に行くの

 と、言われたので、ボクは、

 『午後から、板橋主婦殺害事件の松尾元気の判決があるので観に行くんですよ。』

 と、言うと、

 『何時から

 と、お父さんは言い、

 『14時からで、傍聴券が13時半から配布なんですよ。』

 と、言うと、お父さんは時計を見て、

 『おっ、丁度良いな。私も行きましょう。』

 と、言うではないですか(笑)

 詰まり、ボクと両親の三人で、松尾元気の判決公判を傍聴に行く事になったのです

 結局、三人でまたてくてく裁判所まで歩き、松尾元気の判決公判の傍聴整理券に並んだのです

 全く、この展開は何なんでしょうか。(笑)

 だって、犯罪被害者遺族が、他の犯罪被害者の裁判を観に行くって言うんですから、凄い状況です…

 
 我々三人は、整理券をもらい傍聴希望者の列に並びましたが、当然ですが、他の傍聴希望者は同じ列についこないだ逆転無罪になった男が居て、更に犯罪被害者遺族がコラボして並んで居るとは、夢にも思わないでしょう。(笑)

 全く、凄い光景です…

  
 そして、傍聴券の抽選が行われ、ボクは見事に外れてしまいお父さんが当選

 そうです。

 実は、12月11日の「板橋主婦殺害事件判決」の記事で、ボクが松尾元気の判決を傍聴出来たのは、このお父さんの当選券を譲って貰ったからなのです

 お父さんが、気を遣ってくれて、ボクに傍聴券を譲ってくれたお蔭で、ボクは板橋主婦殺害事件を傍聴出来たのです

 ホント、マンガの様な話ですが、ホントの話なのです

 正に、『事実は小説より奇なり』ですね

 なので、この日は和久津の両親には、裁判所地下の喫茶店でコーヒーを驕ってもらい、日比谷公園でハヤシライスもご馳走になり、更には傍聴券まで頂き、ホントお世話になりっぱなしの日だったのです

 改めて、ボクが突然逮捕された平成23年11月29日から、丁度二年後の平成25年11月29日はこれはこれでとても印象深い日となりました…

 
 さて、来週はこの五反田デリヘル殺人事件の総括をしたいと思います

 良い週末を

五反田デリヘル事件衝撃の〝真実〟。

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 こんにちは

 今日は、曇り空で今一な天気ですね…

 昨日は、クリスマス当日で、皆さんはそれぞれのクリスマスを過ごしただろうと思います

 ボクは、ご承知の通り、昨年のクリスマスは〝小菅ヒルズ〟の9室で、ジングルベルじゃなく〝シングルベル〟を迎えたので、何の感慨もありませんでした…

 〝シングルベル〟と書きましたが、ボクは独居房で一人きりで過ごしたので、これぞ本当の意味でのシングルベルでしょう…(笑)

 〝シャバ〟でのシングルベルは、クリスマスに過ごす異性が居ない状況を指しますが、独居房は完全な一人ですからね。(笑)

 因みに、街角はクリスマスシーズン等、そのイベントに合わせて様々な飾り付けがされますから、歩くだけでその雰囲気を感じれるでしょう

 しかし、小菅ヒルズでは、部屋から外の景色は見えませんから、そんな雰囲気を一切感じる事は出来ません…

 でも、ボクはそれで良いと思っています

 何故なら、独居房に居ながら街の賑やかな喧噪を見てしまうと、「街は、クリスマス一色なのに、何で自分はこんな所に居なきゃいけないんだ…。」と、余計寂しさを感じてしまうからです…。

 だから、そういう情報は逆に見ない方が、余計な思いに囚われなくて済むんですよね…

 と、またまた余談が長くなってしまいました…


 さて、昨日は和久津の両親に話し掛ける為に、〝張り込み〟をして、裁判所のロビーで話し掛けた所までお話ししました

 実は、この時ボクは結構緊張したんですよね…

 その辺のオネーチャンに、話し掛けるのとは訳が違います。

 その辺のオネーチャンに話し掛けて、シカトされたり拒否されるなんて何とも思いませんが、和久津の両親に話し掛けると言うのは、すなわち犯罪被害者遺族に話し掛けると言う意味ですから、それはそれは言葉に表現し尽くせない思いが両親にはあるでしょう…

 『事件については何も話したくない。』

 とか、

 『そっとしておいて欲しい…。』

 あるいは、

 『あなたが同級生だなんて、信じられない。』

 等と、言われる可能性は十分に考えられましたから、ボクは一体どんな反応を示すのか正直怖かったんですよね…


 ところが、このボクの一抹の不安はおもいっきり裏切られ、和久津の両親、特にお父さんがホント優しい方で快くボクの申し出を快諾してくれたんですよね

 これには、つくづく頭が下がる思いでした…


 そして、我々三人は裁判所地下の喫茶店へと向かいました

 お昼少し前だったので、そこまでお店は混んでおらず、丁度お店の一番奥の席が空いていたので、そこに我々は陣取りました

 そこで、我々は全員ホットコーヒーを頼みました

 が、ボクは何て切り出していいのか言葉がなかなか見付からず、頭をフル回転させても的確な言葉が見付からなかったのですが、

 『この度は、ホントに残念でした。』

 と、言うのが精いっぱいでした…

 全く、自分でも情けなくなる位の言葉でしたが、その位何て言う言葉が適切なのかが分からなかったのです…。

 ボクの人間性を、多少でも知っている方なら分かると思いますが、ボクがこんなにも言葉が見付からない状況に陥るなんてまずありません

 そんな人間が、何て言葉が適切なのかが分からない位、とても複雑な心境だったのです

 ましてや、同級生で会社の元同僚でもあった彼の両親とは初対面で、それが犯罪被害者遺族なんですから、当然人生で初体験の状況ですからね…


 そして、ボクは、

 『早速ですが、どういう状況だったんですか

 と、お父さんに尋ねると、

 『昨年の、5月7日の夜12時か1時位に突然大崎警察署から電話があって、息子さんがマンションから転落したので見に来て欲しいと電話があってね。それで、次の日大崎警察署に見に行ったんだけど、全然本人か分からないのよ…。』

 『前より太っちゃってて、顔が全然分からなくてね…。そこで、DNA鑑定をするって言うから、ほっぺの中の唾液を採って鑑定した訳。それで次の日に連絡が来て、息子さんで間違いありませんってね…。』

 と、堰を切った様にお父さんは話出しました…

 要するに、お父さんの言葉の中には出て来なかったですが、マンションの7階から転落した訳ですから、おそらく原型を留めない位の状態だったんだなと思います…

 そりゃそうでしょう。

 マンションの7階から落ちて、原型を留めている方が不可思議極まりないでしょう

 ですから、ホント言葉に表現出来ない位の、惨たらしい状態だったのでしょう…

 ホントに、ホントに、彼が可哀想で仕方ありません…


 更に、お父さんの話は続き、

 『当時、マスコミが騒ぎ立てて、ある日NHKが実名で報道したからすぐさまNHKに電話して、怒鳴ってやったんだ偉いの出せって言って、そいつに二度と報道するな、と言ったんだ。』

 『警察の話だと、ヤスは全然関係なくて、一緒に居たミツオと言う奴をそもそも襲撃するつもりで乗り込んだらしく、そこにたまたま居て巻き添えを食らったんだ…。』

 『ヤスは、お風呂に入っている所を突然襲われて、そこらじゅう血まみれだったんだ…。』 
 
 等々…。

 実に、聴いているのが辛くなる内容を、包み隠さず話してくれました…


 お父さんの話を聞いてみると、どうやら和久津自身に何らかの非があった訳ではないんです

 要するに、彼と一緒に居た〝満尾(ミツオと言う苗字)〟と言う男が、トリヤマの経営する風俗店から色々と盗んで豚ズラして、その報復をする為にトリヤマや柴田や小田らが襲撃しに行ったのです。

 トリヤマらの味方をする訳ではないですが、自分が経営するお店から色々な物を盗んだ奴に対して追い込みを掛けるのは、法律的には間違っていたとしても、道義的には間違っていないとボクは思います。

 むしろ、満尾からすれば、当然の報いでしょう

 それだけ、ふざけた事をしたんですから。

 

 ですから、和久津自身が何か不義理をして追い込まれた訳ではなく、たまたま一緒に居た満尾のせいで事件に巻き込まれてしまったのです

 だから、完璧な〝もらい事故〟なのです…

 ボクは、自分で調べた情報によると「風俗店で何らかのトラブル」と、書いてあり、和久津はちょっと〝手グセ〟が悪かったので、きっと風俗店の女の子に手を出してそれが原因でトラブルになったのだろう、と勝手に考えていたのです。

 しかし、真相は全く違ったのです

 彼は、ホントに単なる巻き添えを食らったに過ぎず、何の落ち度も無かったのです…

 そして、その原因を作った満尾は、今ものうのうと生きていると言うんですから、人生とは何と理不尽、不条理なのでしょうか

 本当は、もっと詳細な経緯があるんですが、それを書くとひっちゃかめっちゃかになるので止めておきます

 以上が、五反田デリヘル殺人事件の真相です…


 全く、聞けば聞く程、和久津が可哀想で仕方ありません…。


 喫茶店では、何だかんだで40分位お話しをしたのですが、最後に聞いたお父さんの言葉がとても印象的だったので、この点については明日お話ししたいと思います